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仙台高等裁判所 平成4年(ネ)389号 判決

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

増田祥

被控訴人

富国生命保険相互会社

右代表者代表取締役

小林喬

右訴訟代理人弁護士

楢原英太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  申立

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年四月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  事案の概要、争いのない事実及び証拠上明らかな事実

原判決の各該当標目欄中、原審第三〇一号事件関係部分記載のとおりである。

三  争点

当審における次の主張を付加するほか、原判決の同標目欄の記載を引用する。

自殺が交通事故に因るものか否かに関する控訴人の主張の要旨は、「仮に、本件事故の溺死が一郎の自殺行為であるとしても、一郎は昭和六二年一月九日の交通事故による受傷のために精神に異常をきたし、自己を喪失した状態で自殺行為に及んだものであり、右交通事故により自殺という意思選択を強制されたことになるから、右交通事故と自殺とは相当因果関係がある。換言すれば、前者は後者の主要な、ないしは直接の原因となっているというべきである。」というのである。これに対し被控訴人の主張の要旨は、「一郎が交通事故の後遺症を苦にし、鬱病に罹患していたことは認めるが、一郎の自殺の原因は、家庭環境や父親である控訴人の介護措置の不全等にあり、交通事故と自殺とは相当因果関係がない。」というのである。

四  争点に対する判断

1  不慮の事故該当の立証責任

原判決五枚目表一行目の「甲ロ第六号証」を削除し、同面七行目及び同裏三行目の「被保険者」を「その被保険者」に、同丁表七行目及び同丁裏四行目の「重大な過失」を「重大な過失に」にそれぞれ訂正するほか、原判決の説示と同じであるから、これを引用する。

2  本件事故原因

原判決七枚目表一〇行目「前記交通事故以後強度の煙草依存症に陥ったが」を「当時喫煙の嗜癖があってそれを禁じられていたが」に改め、同丁裏四行目の「一郎は」の次に「隠れて喫煙する目的などのため同所に赴いたとは考え難く、また第三者により同所に運ばれたとの事情を推測させる資料が全くない本件では、」を加えるほか、原判決の説示と同じであるから、これを引用する。

3  前記交通事故と本件事故との因果関係

一郎が本件交通事故により受傷してから本件事故の溺死に至る経緯は、引用にかかる右2の本件事故原因説示のとおりであり、一郎の自殺によるものと認めるのが相当である。控訴人は溺死が一郎の自殺によるものであるとしても、(1) 交通事故が自殺の直接ないし主要な原因であり、或いは、(2) 交通事故による受傷のため精神に異常をきたし、自己を失って自殺に至ったのであるから、両者間には相当因果関係があると主張するが、(1)は結局(2)の主張に収斂するものと解しうるので、後者の成否に絞って判断するに、乙第一五、第二四号証、第二六号証の一ないし三、第二九号証の一、二、第三一号証の一、二、原審証人乙田花子、同佐藤敏子、同木村格の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  一郎は、昭和四二年九月一〇日に生れた。七、八才の頃から母親が家出してからは、殆ど父親である控訴人とだけの生活を送り、中学卒業後控訴人経営の電話工事業の手伝いをしたのち、親戚の者が営む食品会社に勤め、その傍ら控訴人経営のドライブインの仕事に従事していた。父母が正式に離婚したのは、別居となってから約八年後の昭和五八年三月である。

(二)  昭和六二年一月九日前記交通事故に遭遇した一郎は、傷害等につき急性期の治療を終えたのち、同年三月中旬から同年五月末まで国立療養所宮城病院に入院し、頭部外傷に起因する精神症(集中力・思考力低下・協調性の低下)と右上下肢の運動麻痺を改善するための機能回復訓練を受けた。医師に対して明るい表情で素直に自分の気持を打明ける時もあったが、未成年でありながら強い喫煙嗜癖があって、しばしば医師の禁止に背いて喫煙し、妥協の産物として一日二本までなら黙認するということになってからもこれを守らず、そのことを注意されると興奮して反抗的になったりしたほか、右訓練中に指示に従わないなどの問題行動があり、死んでやると口走ったり、自殺とおぼしき行為が二度ほどあったため、軽度の鬱病と診断されて微量の抗鬱剤や精神安定剤の投与を受けていた。しかし、同病院の主治医は、一郎には自殺をやりとげるだけの精神的な集中力やエネルギーはないと判断し、鬱病による自殺の虞れはないと考えていた。控訴人自身も、一郎の自殺未遂行為は、父親である控訴人の気を引こうとしての、甘えから出たものと理解し、本気で自殺するとは全く考えていなかった。

(三)  ところが一郎には、控訴人が一郎の実母との離婚後、一郎より僅か二才半だけ年上の女性と再婚し、その程度の年齢差しかない女性を父の配偶者として遇さなければならない屈辱に似た経験を余儀なくされた上、同女とも間もなく離婚した控訴人がその次に乙田花子という別な女性とわりない仲になったことにも戸惑いと快く思わない感情があり、それにも拘らず自分の看病や身辺の世話は花子に頼らざるをえないこととの葛藤上の悩みは、実母が見舞に来た時から一層顕著になっていた。また、控訴人の病院に顔を見せる回数が少なく、しかも僅かな時間しか居てくれないことにも不満の念を示していた。

(四)  一郎の身体面の主な後遺症は右上下肢の麻痺で、その運動機能は全く失われていたが、左半身を使えば身体の移動は或程度可能であり、同年五月末の退院後、死亡する九日ほど前の深夜には、煙草等を手に入れようとの目的からか、ひとりで自宅を脱け出して約四〇〇メートル離れた場所にあるガソリンスタンドの事務室に侵入したりした。翌日このことで、控訴人は一郎の手足を強く縛って折檻した。

(五)  死亡した当日の午前中、一郎は控訴人に伴われて前記病院の主治医を訪れた。その際同医師は控訴人に対し、一郎を精神病院で治療させた方がよいと勧めた。控訴人はこの勧告を受け入れ、紹介された先の病院との間で入院についての打合せをした。その場には一郎が居合わせていた。一郎がどのように感じたのかは不明であるが、かなりの強い衝撃を受けたであろうことは推察するに難くない。控訴人は、一郎を自宅に連れ戻したのち花子に看護を委ねたまま仕事と称して外出し、夜の一〇時になっても帰宅しなかった。その時刻に花子が在室を確認した一郎の姿は、その約一時間後には見えなくなっており、近所でも見付からなかった。

このように認められる。したがって、交通事故後一郎が鬱病になったのは事実であるが、それは医師や父親すらこれが自殺に結びつくとは考えなかったほどの軽度のものであり、むしろ不遇な家庭状況からくる肉親愛への強い飢餓感や不満が累積していたところに、当日突如として精神病院に入院する段取りが進められ、控訴人の態度からさほど心配していないように感得したことが直接の引き金となって自殺に走ったとも考えられ、反面、喫煙嗜癖を満足させようとしてとった行為や種々の反抗的言動の中に一郎の主体的な、目的意思に基づいた行動傾向が見られるので、少なくとも、交通事故後に発生した鬱病が一郎の意思選択の自由を奪い、自殺に至らせたとは到底考えることはできない。したがって、交通事故と溺死との間には相当因果関係があるとの主張は理由がない。

五  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官信濃孝一 裁判官小島浩)

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